持っているものに目を向ける

四万温泉に想いを馳せるとき、自分の事と重ね合わせます。

「評価とはどんな事でなにを基準にされているのだろうか?」

私たちの世代は、評価され続けてきました。

その結果、甲乙をつけられて、自分が持っていないものを手に入れようと躍起になっていたように思います。

しかし、最近思うのは、「誰の基準で甲乙をつけられて来たのだろうか?」ということです。

そうなると、本当に大切にしなければならない事は「自尊心」ではないか?

と…。

なにも変わらず、悠々と四万温泉は此処にあり続けています。

自分が持っているものを熟知して自信を持っているのです。

「自分が持っているものに目を向ける。」

そうすれば、もう、人の事を羨んだり、批判したりする事が無くなるのではないでしょうか?

自分自身をブラッシュアップしていく事ができるのではないでしょうか?

「自尊心」大切にしたいですね。

四万温泉は私にとっては人生のお師匠様です。

 

 

 


四万温泉をいつも考えてしまう私

  1. 様々な事で多くの皆様にお世話になっております柏屋です。

地元の方々にも、柏屋旅館、柏屋カフェ共にお使い頂きまして感謝しております。

四万温泉あっての柏屋でございますので、経営者の方々、従業員の方々、住民の方々に使って頂いてとても嬉しいです。

和気あいあいと四万温泉の未来について語っていただける場や、日頃のストレスを発散していただける場にして頂けて、社長共々、たいへん光栄に思っております。

四万温泉のこれからを考える時、とてもわくわくします。

ノスタルジックな四万温泉に、最先端の便利さがあれば最高ですよね( v^-゜)♪

世のちり洗う四万温泉をそのままに、自動運転の電気自動車が行き交う。

四万温泉の旅の工程をキャッシュレスで終えることができるようなことが実現できたら(*≧∀≦*)

などなど…日々考えている私ですがもうエネルギーがたりません。大勢の後身に任せたいなあ!

これから先を創って行くのは、若い世代なのだから、今やらなくて誰がやる!!?

我々の世代を上手に使って、四万温泉を世界的なリゾート地にしていってもらいたいです。

私、四万温泉に来た時から、そのオンリーワンさを感じていたのです。

何事も、流行ってしまわないことが肝心。目立たない事が肝心なのです。

ここまでの人生での教訓(^^)d

個人的には、「ジリジリ、じわる温泉地」を目指しているのぉ。

盛者必衰は世の常

夢は大きく!欲は小さく!笑

あれあれ…どこに、着地したのか?

 


仲間

写真を整理していたら、懐かしい写真が出てきました。

涙が溢れて止まらなくなりました。

私が四万温泉で、孤独で不安で朝から晩まで働く毎日だった頃、仲間も子育てや仕事が大変ななか、やり繰りして泊まりにきてくれました。

ありがとう。

素晴らしい仲間がいて幸せです。

思い遣りを忘れず、足るを知るの精神で生きていこうと改めて思いました。


回想

最近は無線で、熊の目撃情報がないから、無事冬眠したのかしら?

ここ最近は暖かいから…まだきっと眠れないよねぇ。お腹もイッパイにならないとねぇ。

だいたいにおいてどこで冬眠するのかな?

先月初めあたり珍しく猿の群れが出没していたけれども…いなくなったな。どこに行ったのだろうか?

昨日はカモシカが私をじっと見詰めていた…私も、負けじと見詰めた(ФωФ)

良く見ると、なんだかとっても白くてふわふわしている。お顔も可愛いい。

猿と見詰め合うときは、お互いを牽制し会う(`_´メ)猿は農作物を全部食べてしまうからね。追い払わなければならない。

向こうが、噛みつく仕草をするから、私は石を投げるふりをする。もしくは、投げる。恐怖の瞬間だ!

柏屋の先代は、私にパチンコを使って石を猿にぶつけるように指導してきた。「すみませんが、私は嫁なのです。か弱い、女性なのです。息子さんに指導してください。」と何度言おうと思ったか!いや、私だから言ったと思う。

言ったところで聞こえない振りだ((T_T))

だいいち、操作法が原始的で難しくて、石など飛ばせない。手で投げた方がはやいのでは?御自身でも操作できていない感じだったが?

次は、爆竹の指導を受けるのではないかとハラハラしたものだ。

なぜ?なぜ私に何もかも指導する!!?

今の時代ならば、完全にパワハラです。

あ、なんの話でしたか?カモシカの話でしたね。

私って、頭が連想ゲームのようになってしまうのです困

それにしても、あのパチンコはどこにいってしまったのだろう?

もう、とっくにゴムが劣化しているだろうな。

そもそも、20年以上前の話だから笑


己に克つ

裏山トレーニングを続けています。

最初は全行程をウォーキングしていましたが、今は下り坂と登り150メートルほどをランニングする毎日になりました。

そんな話をすると「なにかの大会にでるの?」なんて聞かれますが、滅相もない!

順位なんかつけられたくもないし、一位になりたいと思ったことなどない私。

競うことは大嫌い、誰かに勝ったとしても喜びなど見出だせないです。

富岡東高校陸上部の応援団幕には「己に克て」とひとことだけ大きく書かれていました。

今、やっとその事を実現しようと思っているところ。

今までは苦しさのなかで己と戦ってきましたが、楽に少しずつ己に克って全行程をランニング出来るようにトレーニングしているだけなのです。

昔、辛くて諦めた事や果たせなかった事も歳を重ねた今ならできるかもしれない。

やっぱり、近道はないけれど…回り道はあるのだと云うことを自分で納得したいのです。

「次の電柱まで」を重ねて行けば全行程をウォーキングからランニングできるようになるのだから凄いですよね。

積み重ねて行くこと…崩れてもまた積み重ねれば良いのです。

 


English

私の小さい頃は、外国人を見かけることは稀で、教会や日曜学校で見ることはあったかもしれないが…記憶にはない。

中学から英語の授業はあったが、英語の先生も、お歳を召していて、ネイティブとは程遠い発音。

文法から教わるので、会話まで行かない。実際に会話する事もない。外人も見たことがないんだから笑

20年以上前の柏屋旅館にも、ひとり旅の外人さんが訪れてくれた事があり、御膳をお出しするときに説明して差し上げようと和英辞典を片手に烏賊の刺身だとかなんだとか必死に調べて接待した。

メモ紙(広告の裏を使うように義父母に指示されていた)に、聞かれたら答えようと、いくつもの例文を書いて挑んだ。

その時の事をよく覚えているのだから本当に稀な事だった。

私のつたない英語を良く聞いてくれて、喜んでくださった、青い目で金髪のスマートな男性を鮮明に覚えている。

その頃、主人と共にNOVA のお茶の間留学で勉強した。

主人がインバウンド対策の為だと言うから、嫌いな英語も子育てと仕事の合間に必死で頑張った。

今や、柏屋旅館には様々な国のお客様がいらっしゃっておりますが…。

しかし、私に英語は、身につきませんでした。

最近では、日本語も思い出せなくなってしまいました。

あの努力は、なんだったのだろうか?

途中でNOVA失くなっちゃうし( TДT)

 

 


Elevenさえも…

エレベーターに外国の方が乗ってこられたので、「何階ですか?」と英語で聞いたのは良かったのですが…「Eleven」と言われて、こんな簡単な事が解らなくなってしまいました。

最近、脳がこんな感じなのです。

老いと云う感じではないし、記憶も曖昧でなんだか怖いです。

大丈夫なのでしょうか?不安です( ノД`)…


設え

あらあら、もう12月だわ(;´_ゝ`)

クリスマスの飾り付けをしなくては!

子供たちも大人になってしまった今では、クリスマスのパーティーなどもするわけではないのだけれど、インテリアを季節ごと変えるのは、どんな忙しい時でも続けてきたこと。

私にとって設えは、大事なこと。

設えを変えるのは、お料理と同じくらい楽しいし、好きな事であります(^-^)v

子供が小さい頃は「保育園や学校から帰ってきたら喜ぶだろうなぁ」とただそれだけを考えてハロウィーンやクリスマスの模様替えをした。

ツリーを飾るのは、子供たちの仕事だったの(*´ー`*)

仕事から帰ると綺麗に飾り付けしてあったっけ。子供たちの得意顔が可笑しかったな笑。

今年はお兄ちゃんが飾ってくれた!

よれっているけど…まぁ、いいか(* ̄∇ ̄*)

いつも、居場所が定まらない、お手製のスノーマンは今年はこんなところに収まりました♪

 


なんだかなぁ

今日は、摩耶の滝遊歩道の清掃活動に参加しました。

寒かった!

けど、私はこういう作業が大好きなので、一人で黙々と集中して作業してしまいます。今日は、剪定鋏を忘れたので、箒仕事しかできなかったのが、心残りです。

私は、女性同士おしゃべりしながら作業したり、男性に話かけたり、気を遣って暖かいお茶を持ってきたり、皆さんにお菓子を配ったり…そういうことができないのです(._.)

話上手で気立てがよい女性が、羨ましいです。

男性など大の苦手で、男らしければらしいほど、固まります。

おばさんになっても、何一つ変わっていない私は、甘えるのも下手だし、人に頼むのなら自分でやる方が楽です。

男女の集まりがあると、いつも、「なんだかなぁ」と思ってしまう。

なんで、可愛いおばさんになれないんだろうか?一般的なおばさんになれないのだろうか?

どちらかと言えば、おじさんに近いような気がします。

「薫子さん、温かいお茶どうぞ。」と可愛い笑顔でお茶を手渡された時、おじさんの気持ちになっていました。

外見だけは、おじさんになりたくないです。

神様どうか私に、可愛らしさを与えてください(。>д<)


決断

仕事でも、私事でも誰かの指示で動く方が楽だとつくづく思う。

きっと、そこには責任が伴わないからであろう。

しかし、自分の生き方は己で決めるしかないのだと思う。

何かを考えるとき、体の何処かを動かすとき、誰かの事を想うとき、己の脳を使っているのだ。

自分を動かすのは、己なのだ。

なにもかも、決断しているのは、自分なのだから…。